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ヒスイカズラの翡翠のひみつ

早春の3月頃から花の見頃を迎える熱帯植物にヒスイカズラという植物があります。ちょうど3年前のこの時期に福島県いわき市の水族館「アクアマリンふくしま」で開催された「めひかりサミット*1に参加した際、初めてこの花を目にしました。

 

以来、アクアマリンふくしまヒスイカズラを見て「今年もめひかりサミットの時期なんだなあ」などと思うようになりました。考えてみれば「アクアマリン」は鉱物としては青色のベリル(緑柱石)であり、色としては緑と青の中間色、「メヒカリ」は英名をRound Greeneyes、和名をマルアオメエソで、これらに加えて「翡翠」と来れば青緑系の色調で統一され、カラーコディネート的にもバッチリですね。

 

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さてこのヒスイカズラ、その名の通り花が「翡翠色」をした葛(つる性の植物の総称)で、マメ科に分類されます。一つが10cmほどの勾玉状の花が房状に連なり、房は長いものになると1m近くにもなるそうです。原生地のフィリピン・ルソン島で野生種は絶滅危惧種となっているようですが、日本国内では多くの熱帯植物園などで観賞することが出来るだけでなく、タキイあたりの種苗会社からは園芸用の苗も販売されており、冬季の温度管理などを適切に行うことで、栽培も(まったく)不可能ではないようです。

 

それにしてもこのヒスイカズラ、随分と変わった花の色ですよね。昨年、大阪の咲くやこの花館が「あのボーカロイドのような」と紹介したことで、話題にもなりました。しばしばこの花の花粉を媒介するコウモリがこの色を好むからなどとも言われますが、原産地フィリピンでは絶滅に瀕しているほどなので実際のところはよく分からないのだそうです*2

ヒスイカズラがこのようにちょっと変わった花の色を示すのは、化学的には主に次の3つの要因からなります。

 

【コピグメント効果】

まず一つ目の要因は、アントシアニンのフラボノイドによる「コピグメント効果」によるものです。アントシアニンギリシャ語のanthos=花、kyanos=青(シアン)に由来することからも分かるように、青色系の花の色素として知られています。植物の液胞中で、アントシアニンは糖が結合した配糖体として存在します。この糖などを除いた発色に関係する色素の部分は一般にアントシアニジンと呼ばれるフラボノイドのひとつであり、より大きな分類ではポリフェノールの一種です。アントシアニジンには共通した基本の骨格に異なる修飾基が付加した様々な種類が存在し、その違いによって赤~紫~青の色を呈します。

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岩科らの研究*3により、ヒスイカズラの花の色素はこのアントシアニンの内のマルビンであることが明らかになっていました。

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このマルビンは様々な種のブドウの果皮にも存在し、赤ワインが「ワインレッド」を呈する上で主要な色素であることからも分かるように、中性溶液中では赤紫を呈します。これが「がく」のような青紫を呈するのはモル比でマルビンの9倍存在するサポナリンのためであることが、東京学芸大の武田らの研究*4で新たに示されました。

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サポナリンは、アントシアニジンと同じくフラバン骨格を持つフラボンのひとつのアピゲニンに、ふたつの糖が付いたフラボノイドのひとつです。

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こうしたフラボノイドがアントシアニン共存すると溶液中で積層構造を取り、これがアントシアニジンの電子状態に影響し青色化することが知られています*5。これは「コピグメント効果」と呼ばれ、実際マルビンだけの場合と比較してマルビン:サポナリン=1:9の条件では、溶液の吸収極大波長が611.3 nmから620.5nmへと長波長側にシフトし、結果的に赤が抑えられより青味が増すことが吸収スペクトルからも確かめられました。また同時に、アルカリ条件では不安定なアントシアニジンを安定化させ退色を防ぐ効果もあると考えられています。

 

他にもこのコピグメント効果によって青味を増す花として、ハナショウブやキキョウ、リンドウ、デルフィニウムなどが知られていますが、一言にコピグメント効果と言ってもアントシアニジンと他のフラボノイドなどとの作用は様々なようです*6

 

【アントシアニジンとサポナリンのpH効果】

残りの二つの要因は、花弁の表皮細胞のpHによるものです。まず、花弁が青紫でなくより青に近い色合いになるのは、アントシアニジンであるマルビジンのpHによる吸収波長の変化のためです。同じく武田らの研究によりヒスイカズラ花弁の表皮細胞の抽出液のpHは7.9と、無色の花弁内部の細胞や一般的な花弁の細胞が示す弱酸性とは異なり、例外的に高いことが示されました。

 

このpHによるアントシアニジンの色の変化は、ムラサキキャベツなどから抽出した溶液などでも確かめることができ、簡便なpH指示薬になることが知られています。

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このように、重曹で得られる程度の弱いアルカリでも明らかな青色への変化を確かめることができます。これが更にpHが11以上となるアルカリ洗剤を滴下すると緑から黄色へと変化しますが、いずれにせよ「あのボーカロイド」のようなみっくみくな色合いにはなりません。

 

アントシアニンと言えば、しばしば話題になる「ムラサキキャベツを使って焼きそばを作ったらトンデモない色の焼きそばに!」というのがありますね。これはアントシアニジンが麺に含まれる「かんすい」のアルカリと反応したためで、レモンなどの酸を加えることでピンクの焼きそばとなることが知られています。この時の焼きそばの色が、ちょうどヒスイカズラの青緑に近い色合いに思われます(参考:カメレオン焼きそば - 愛媛県総合科学博物館 )。

 

すなわち、あのみっくみくな色合いはアントシアニジンの青に黄色が加わることによるものです。焼きそばの場合の黄色は元の麺の色に由来しますが、ヒスイカズラの場合は、サポナリンがその役割を果たします。中性条件下でサポナリンは無色ですが、これが弱アルカリ性の溶液中では黄色を呈することがやはり武田らの論文で示されました。これこそがマルビンの青色と相まって「翡翠色」を呈するために必要なもう一つの要因に他なりません。

 

そんなヒスイカズラですが、花言葉

 

やはりこの時期に可憐な青色の花を咲かせるこの花

 

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と同じなんだそうです。 この季節は同時に様々な別れの季節でもありますね。そう考えると、この季節の花の青は少し切なくも感じます。

 

謝辞:執筆に際し、東京学芸大学名誉教授の武田幸作先生より、論文の複写をお送り頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。一緒に添えられた紫陽花のメッセージカードも素敵です。

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*1:ひかりサミット:毎年3月にいわき市の魚でもあるメヒカリをシンボルとして、アクアマリンふくしまで開催される主に持続可能な漁業や水産資源の活用などをテーマとした一般も参加可能な公開イベント。演者による講演だけでなく、その後に催される試食会も楽しみのひとつ。

ひかりサミット in 福島。 目からウロコの魚トーク | 国際環境NGOグリーンピース http://greenpeace.org/japan/ja/high/news/blog/staff/in/blog/52301/

@yajifunさんによることしのメヒカリサミットのレポート http://togetter.com/li/947117

*2:ヒスイカズラ :: おすすめコンテンツ ≫ 植物図鑑 :: 筑波実験植物園(つくば植物園) Tsukuba Botanical Garden

*3:Iwashina, T., Ootani, S., Hayashi, K., 1984. Pigment components in the flower of Strongylodon macrobotrys, and spectrophotometric analyses of fresh petal and intact cells. Res. Inst. Evolut. Biol. Sci. Rep. 2, 67-74.

*4: Greenish blue flower colour of Strongylodon macrobotrys. Kosaku Takedaa, Aki Fujii, Yohko Senda and Tsukasa Iwashina, Biochemical Systematics and Ecology, Volume 38, Issue 4, August 2010, Pages 630–633, doi:10.1016/j.bse.2010.07.014

*5:宮崎大学農学部応用生物科学科植物遺伝育種学研究室 | アントシアニンの化学: http://www.geocities.jp/breeding_ivk/yabuken/A7_3.htm

*6:農研機構 | 花き研究所 | 花の色のしくみ | 青色: 

https://www.naro.affrc.go.jp/flower/kiso/color_mechanism/contents/blue.html

明滅する一筋の光が我々にみせたもの ~木下一彦さんの追悼に代えて~

間もなく三ヶ月が過ぎようとしていますが、早稲田大学の木下一彦教授が南アルプスで遭難されお亡くなりになられたとの、余りに突然のニュースに正直驚きを禁じ得ません。いまはただ謹んで哀悼の意を表すとともに、御家族さま並びに関係者の皆さまにはお悔やみを申し上げます。

木下さん(ここでは敢えて先生でなくそう呼ばせて頂こうと思います)の科学者としての業績に触れる際に、当初の報道にもみられたように回転するF1-ATPaseのサブユニットの成果が取り上げられることが多いかと思います。そこでここでは敢えて、少し違う角度から木下さんの業績を紹介してみようと思います。私などが追悼などと言うのも甚だおこがましいのですが、より多くの方に生前の木下さんの業績の違った一面を知っていただけると幸いです。

 

ここで紹介する論文は、Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America へと掲載された"Axial rotation of sliding actin filaments revealed by single-fluorophore imaging"という論文です。件のF1-ATPaseの論文がNatureのレターとして掲載されたのが1997年3月ですが、その直後の5月に出版されました。

実験としては、それまでのin vitro motility assay系を改良し、アクチン単量体に対して1/500という少ない量比の蛍光分子でアクチンフィラメントを修飾し、カバーガラスに吸着固定したミオシン上で滑り運動を行わせた像を滑走するフィラメントに対して45°をなすそれぞれ直交する偏光板を通して観察した結果、直交する偏光像が交互に明滅を繰り返す様子が得られたというものです(実際に明滅する様子は早大木下研の動画サイトで見ることが出来ます)。この実験には、当時慶応大学の木下研で改良された、バックグラウンドの蛍光を二桁低減させた蛍光顕微鏡が用いられました。 この結果は、ミオシン上を滑走するアクチンフィラメントが滑りながら同時に回転していることを意味し、その回転はおよそ1μm進むごとに一回転と、約72nmで1周期のらせんを形成するアクチンのピッチに比べて長く、ミオシンはアクチンのフィラメント上を「歩く」と言うより「走る」と言うのが相応しい、と結論付けておられます。

これだけではこの研究成果の意義が理解され難いと思いますので、この研究に至るまでの筋収縮研究の歴史を簡単に振り返ってみようと思います。

 

1950年代に筋肉の収縮単位であるサルコメア構造の電子顕微鏡による観察が行われ、これらを元に筋収縮はミオシン分子が重合した太いフィラメントと主にアクチンが重合したアクチンフィラメントがそれぞれ互いに滑り込むことで生ずるとする「滑り説」が提唱されます。

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電子顕微鏡による筋肉の収縮単位であるサルコメアのイメージ(上)と収縮の模式図。

若き日の木下さんを生物学の研究へと駆り立てたのも、この電顕写真だったとのことで、「一目で分かるという明快さ」に惹かれたのだそうです(参考:私の生物物理学)。尚、先のリンクに登場する物理学科卒業間近の木下さんにその電顕写真を紹介したI氏とは、この論文における共著者でもあり、その他多くの共著論文を残されている同じ早稲田大学物理学教室の石渡信一教授に他なりません。

 さて、筋肉のフィラメントが互いの間に滑り込むことで筋収縮が起こるとして、それがどのようなメカニズムによってなされるのか?という点にその後研究者の関心が集まります。 `50年代から`60年代にかけて、さらに解像度の高い電子顕微鏡写真が得られるようになると、他の生筋のX線回折の結果などと合わせ、アクチンとミオシンの相互作用はアクチンフィラメントとミオシンフィラメントから突き出た「頭部」とで構成される「クロスブリッジ」で起こり、ミオシンのATP加水分解に伴ってこの頭部が首を振りアクチン一つ分手繰ることでフィラメントが滑るとする「首振り説(Swinging Crossbridge Model)」へと発展します。

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ミオシン頭部とアクチンフィラメントからなる「クロスブリッジ」と首振り説の模式図。(H. E. Huxleyのreview article Fig.16を元に作図)

しかし、これらの電子顕微鏡像は観察のために重原子で「(負に)染色」した像であり、たんぱく質が機能する「生きた」状態とは言い難いものでした。これは収縮の単位であるサルコメアでさえ、数マイクロメートル程度でしかなく、光学顕微鏡で詳細に観察するには小さ過ぎることが原因です。そこで登場したのが、観察対象のたんぱく質を蛍光色素で染色することで、たんぱく質が「生きた」状態で観察を可能とした蛍光顕微鏡です。

`84年に大阪大学の柳田らにより、蛍光色素をつけたキノコ毒の分子でアクチンフィラメントを染色することで、一本のアクチンフィラメントを蛍光顕微鏡で観察できることが示されます。これをきっかけに、柳田のグループをはじめとして日米の複数のグループが、たんぱく質加水分解酵素を用いてミオシンの頭部だけをフィラメントから切り離し、この頭部をカバーガラス表面に塗布して固定し蛍光染色したアクチンフィラメントを滴下した後この系にATPを含む溶液を加えると、カバーガラス上をアクチンフィラメントが滑る様子を蛍光顕微鏡で捉えることに成功します。

 


In Vitro Motility Assay of Skeletal Muscle Myosin ...

In vitro motility assayで得られた蛍光顕微鏡像の例

 このin vitro motility assayと呼ばれる実験系を用いた研究は、この後日米の研究グループの間で一つの論争を巻き起こします。まず、柳田らは`85 年にミオシンによるATP一分子の加水分解という化学反応でアクチンフィラメントはどれ程の距離を滑るのか?を意味する「ステップサイズ」を計測し、それが60nm以上と アクチン一つ分の5nmに比べはるかに大きいとする論文を発表します。一方で米のグループからはステップサイズはそれほど大きくないとする、柳田らの結果を否定する論文が提出されます。いわゆる「ルースカップリング」vs.「タイトカップリング」の論争です。

確かに、このin vitro motility assayの系で生きた状態のアクチンフィラメントの滑りを観察できるようになりました。しかし、この論争において決着の決め手に欠いた一因として、滑りの原動力であるミオシンを直接観察することが出来ないという問題が残されていました。これは、アクチンフィラメントはアクチンの単量体が重合して繊維になったものであり、一本あたり数千個の蛍光分子を含むのに対し、ミオシン頭部に付けることの出来る蛍光分子の数はたかだか一つだけであり、その「一つの蛍光分子」を観察することが難しかったことによります。 しかし、木下さんらが検討した結果、一つの蛍光分子が発する光子は当時の顕微鏡でも充分捉えることが可能であることが分かります。問題はむしろ顕微鏡の感度にあるのでなく 、顕微鏡内で散乱された光などによって視野のバックグラウンドが明るすぎることにありました。その様は「昼間に星が見えない」と例えておられます(生物物理 「1個」を見る)。

こうして蛍光顕微鏡の視野のバックグラウンドを明るくする要素を光学的なデバイスを見直すことで改善し、阪大柳田グループとは独立に一つの蛍光分子からの光を捉えることの出来る蛍光顕微鏡を開発しました。 生筋中ではアクチンフィラメントはサルコメアを仕切る膜に固定されていますが、このin vitro motility assayの系においてはフィラメントの端は固定されてはいません。また、この蛍光分子の遷移双極子モーメントは(たまたま)フィラメントの軸に対して約45°であるため、滑走するアクチンフィラメントをその軸に対して45°をなす互いに直交する偏光板を通して観察すれば、回転に伴う一つの蛍光分子からの光の強度の変化として捉えられるはず、という訳です。

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アクチンフィラメントにラベルした蛍光分子の模式図。通常の視野ではどの向きでも蛍光が観察されるが(図左)、偏光板を通した場合は色素分子の回転に応じて縦成分が強くなった場合横成分は弱く、縦成分が弱くなった場合は横成分が強く観察される(図右)。(オリジナル論文のFig. 1を元に作図)

勘の良い方はお気付きかと思いますが、アクチンフィラメントは単量体が重合した繊維ですので、多数の蛍光分子で修飾されたフィラメントでは回転に伴う「向きの変化」を捉えることは出来ません。まさに、この交互に明滅する光は、一つの蛍光分子の観察を可能にしたことで成し遂げることの出来た成果です。また、ATP一分子の加水分解ミオシンがアクチン一つ分を首を振りながら進むのであれば、この系でアクチンフィラメントはそのらせん周期の約72nm毎に回転するはずで、間接的にではありますが、ルースカップリングを支持する結果を意味します。同じく一分子の蛍光観察の系を確立した阪大柳田グループは、ミオシンの一分子観察へと研究を発展させ、論争はルースカップリング側に軍配があがります。

論文の最後は"A future challenge is the simultaneous observation of chemistry and conformational changes in a single protein molecule."(将来的な挑戦は単一のたんぱく質分子における化学と(構造的な)コンフォーメーション変化の同時観察である)との一文で締めくくられています。これはすなわち、「単一の蛍光分子を修飾した酵素などたんぱく質の化学的な反応と構造変化の同時観察」という「一分子生理学」への挑戦の高らかな宣言に他なりません。

実際、この一分子蛍光偏光法はF1-ATPaseの系にも応用され、「大きく目立つ目印」であるアクチンフィラメントに代わり「酵素反応のじゃまにならない小さな目印」として用いられ蛍光標識したγサブユニットが一回転する間に、α,βサブユニットの対称性と同じ120°ごとに3ヶ所のステップを踏むとの結果が得られています。

その後木下さんのグループや同じくこの「一分子生理学」を確立した柳田グループをはじめとした日本の研究グループによって、ミオシンをはじめとしたモーターたんぱく質の一分子観察へと応用され、この分野において日本が世界をリードして来たことをご存知の方も少なくないことでしょう。

木下さんらが確立した一分子生理学は、若き日の木下さんを惹き付けた物理学的な「単純かつ万能な説明」を「一目で分かるという明快さ」として生物学へともたらしました。ここで紹介した論文は、まさにその点において記念碑的な位置を占める論文に他なりません。

 

木下一彦さん、改めて美しい研究成果の数々を有り難う御座いました。どうぞ安らかにお休みください。

 

参考文献など

Axial rotation of sliding actin filaments revealed by single-fluorophore imaging.(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)

Fifty years of muscle and the sliding filament hypothesis(H. E. Huxleyのreview article)

「1個」を見る (生物物理)

Stepping rotation of F1-ATPase visualized through angle-resolved single-fluorophore imaging.(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)

早稲田大学木下研究室(文献や動画へのリンクも)

生物モーターから生物のすばらしさを見る(大阪大学柳田グループの関連する研究の総説的なページ)

君は構造色

表題は無論、大瀧詠一さんの「君は天然色」に対するオマージュです。オリジナルをご存知でない方でも、戸田恵梨香さんがひたすら「75」と訴える発泡酒のCMのバックに流れる、如何にも大瀧さんらしい軽快なピアノの三連符のイントロに聞き覚えがある方も少なくないことでしょう。この「君は天然色」の詞は「はっぴいえんど」以来、大瀧さんの長年の盟友である松本隆さんで、いつの間にか褪せてしまった「君」への想いを色に例え、かつての想いを取り戻したい感情が「色を点けてくれ」と詠われています。既に発表から30年以上が経過したナンバーですが、いまだに色褪せることがありませんね。

 

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「クラゲに刺されて納豆アレルギーに」からの一考察~ポリグルタミン酸のリスクを考える~

世の中には(特に関西地方を中心として)、あの独特な臭いがダメで納豆が食べられない、という方も一定数おられるようで、それとは気付かせぬように料理を工夫するウチに、いつしかそれが恋心であると気付く、という役柄を演じているウチにホントに恋仲になり遂には結婚にまで至ったという、まったくもって「ごちそうさん」なドラマも記憶に新しいところですが、こちらは納豆を食べると呼吸困難などのアナフィラキシーを含む重篤なアレルギー症状を呈するため納豆が食べられない、という「納豆アレルギー」のお話です。

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ヘンリー・モーズリーを偲ぶ

次の図は、一昨年柏のベクミルさんのシンチレーションスペクトロメータで測定させて頂いた、マントルに含まれるトリウム系列の放射性物質の放射性壊変に伴って放出されたγ 線のスペクトルです。

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霧箱実験の際にα線を見るためにしばしば用いられるマントルですが、トリウム-232から鉛-208に至るまで、α崩壊やβ崩壊をしながら、同時に様々なエネルギーのγ線 を放出している様子が良く分かります。 そんな中で、注目して頂きたいのは、赤い矢印で示した最も大きな値とその次の二つのピークです。実は、これらはγ線由来のピークではなく、放射性壊変に伴って放出されたγ 線によって、遮蔽の鉛から二次的に叩き出されたX線に由来するピークなのですが、今日の主人公であるヘンリー・モーズリーに深く関係します。そして、2014年8月10日はそのモーズリーが27歳という若さで戦場で命を落として99年目の命日となります。これより、モーズリーの業績と共に、このスペクトルのピークの持つ意味を掘り下げてみたいと思います。

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1887年、オックスフォードの解剖学及び生理学の教授であったヘンリー・N・モーズリーの元に生まれ、後にイートン校で物理と化学で優秀な成績を修め、若くして亡くなった父の後を追うようにオックスフォード大学に学びます。1910年、オックスフォードを卒業すると、マンチェスター大学のラザフォード研究室の門を叩きます。 ラザフォードと言えば、放射性物質の研究からα線β線を発見し、その功績から1908年にノーベル化学賞を受賞するなど、当時この分野で最先端を行く研究室の一つと言えるでしょう。更に、この2010年と(1910年と:8/11訂正)言えば、ラザフォードの元でガイガー(あの測定器に名を残すその人です)とマースデンによっていわゆる「ラザフォード散乱」の実験がなされていた時期に当たります。 モーズリーも当初、こうした放射性物質の研究を進め、アクチニウム系列の放射性壊変物質の中から、現在ポロニウム215として知られる放射性物質半減期が1/500秒という、当時知られていた放射性物質の中で最も短い半減期を持つことなどを見出だすなど、類まれな実験の才能を開花させます。 この当時、中性子の存在こそ分かっていませんでしたが、同じ化学的性質を持ちながら異なる原子量を持つ「同位体」の存在が知られるようになり、それらの性質が次々と明らかになっていった頃でした。

しかし、1912年に大きな転機が訪れます。モーズリーは、ドイツのラウエらによるX線の回折現象の発見を知るや、これを新たなテーマにすることを決め、ボスであるラザフォードを説き伏せ実験を始めます。 当初モーズリーも、同じイギリスのブラッグ父子と同様に様々な結晶からの回折や干渉現象を研究していましたが、ある頃から金属などの元素固有の特性X線に注目するようになります。そして、様々な元素の特性X線の波長を系統的に調べることで元素の持つ本質的な性質を明らかに出来るのではないか?と考え、12種の元素を選び次の写真のような結果を得ました。

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図は、縦軸に原子番号、横軸に特性X線の波長を取り並べたものですが、原子番号の大きな元素ほど波長が短く(振動数が大きく)明らかに何らかの関係性のあることが分かりま す。それだけでなく、ある元素のスペクトルに他の元素のスペクトルと同じ波長のスペクトルが見られることが分かります。例えば、純粋な亜鉛が使えなかったため代用した真鍮(Brass)のスペクトルには、期せずして銅のスペクトルと同じ波長のスペクトルが見られます。これは、その元素が純粋な物質からなるのではなく、そのスペクトルをもたらす元素が不純物として混在していることの表れです。この結果は現在では蛍光X線分析法として、化合物の分析に応用されている方法の先駆けでもあります。

そもそも「原子番号」は、このおよそ半世紀前の1869年にロシアのメンデレーエフによって周期表がまとめられた際に、単に順番を示す量として登場しました。メンデレーエフ周期表を化学的性質に基づき作成したため、所々原子量の大きさが逆になることが分かっていましたが、半世紀を経てもその理由は不明でした(それでも単純に原子量の順に並べなかったことが、メンデレーエフの慧眼には違いないのですが)。 モーズリーは、この実験結果から特性X線の振動数の平方根原子番号の一次関数で表せるという法則を見出だしました。これは、現在ではモーズリーの法則と呼ばれています。

この法則は、ラザフォード並びにボーアによって築かれた原子モデルを説明する上でも、重要な意味を持つこととなります。 まず、師ラザフォードはガイガー、マースデンの実験から原子の中心には正の電荷を帯びた核が存在するというモデルを示しました。そして、モーズリーの法則の示す原子番号こそ、この正の電荷の数すなわち陽子の数に他なりません。この結果から、単なる並びの序数に過ぎなかった原子番号に、はじめて物理的な実体が伴ったとも言えるでしょう。 またラザフォードのモデルに続いてこの1913年に提案されたボーアのモデルでは、この正の電荷を持つ核の周囲を、一定の軌道で電子が回っているとしています。モーズリーの法則は、特性X線の振動数(すなわち波長の逆数)が、電子の軌道間の遷移に依存することを強く示唆していました。

モーズリーは更に実験を重ね、より多くの元素から同様な結果を得ます。この結果は、モーズリーの法則が普遍的法則であることを示す見事な直線を示しただけでなく、当時未発見であった元素の存在をも示唆していました。まさに、歴史に残る美しい成果だと言えるでしょう(グラフは次のリンクを)。

1914年、モーズリーは国際会議でこれらの成果を発表すべくオーストラリアへの船旅に出ます。しかし、この会議へと向かう航海の途上で、いわゆる欧州の火薬庫からあがっ た火の手はやがて第一次世界大戦へと発展します。会議からの帰途の航海で軍隊への志願を決めたモーズリーは、その翌年の1915年には、英国陸軍の通信部隊を率いる中尉として現在のトルコにあるガリポリ半島上陸作戦の戦場の真っ只中に身をおいていました。そして、8月10日オスマン=トルコ軍の狙撃兵の放った銃弾が彼の頭部を貫き、帰らぬ人となりました。この戦いの戦況は苛烈を極め、最終的には両軍合わせて十万人以上もの戦死者を出したと言われ、多くの戦死者と共に現在もこの地に眠っているとのことです。 なお、モーズリーは戦地へと赴く際に、もしもの時には遺産を全て王立協会に寄付し、実験物理に役立てるようにとの遺書を残していました。この遺産は後に親族によって増額され、彼の名を冠した奨学金として活かされているとのことです。 ノーベル賞は生きている者にしか贈られないため、充分な成果を遺しながらもモーズリーはその栄誉を受けることはありませんでした。彼の死後10年が経過した1925年、シ ーグバーンが同じX線分光学でノーベル物理学賞を授賞した際に、ノーベル賞委員会はモーズリーの業績に触れ、讃えました。しかし、そうした栄誉よりも生きて研究を続けていたなら、どれほどの成果を残しただろうか?と惜しまれてなりません。

【参考】

モーズリーの法則(1914年)と周期律における原子番号 http://fnorio.com/0141Moseley_1914/Moseley_1913.html

偉人たちの夢(73)モーズリー http://sc-smn.jst.go.jp/C990501/detail/C020501073.html

バーナード・ヤッフェ著(竹内敬人訳)「モーズリーと周期律(元素の点呼者)」河出書房新社

 (8/11追記)American Physical Societyも追悼の記事を掲載していました。 http://www.aps.org/publications/apsnews/201208/physicshistory.cfm

スペクトルを見てみよう!

震災ならびにそれに伴う原発事故以来、「スペクトル」という単語を耳にする機会が増えました。しかしながら、いまだに「馴染んだ」というほど浸透したとも思えません(まあ、知らなければ困る類のものでもありませんが)。そこでちょっと手軽に「スペクトル」を直接目で「見る」方法をご紹介したいと思います。一般にCD分光器として知られるものですが、ちょっとした夏休みの工作の感覚で、家庭にある物で手軽に出来るものです。

 

無論、「見る」ことの出来るのは目で見える光である「可視光」領域の光のスペクトルで、放射線として一般的に測定されるのが下の絵の一番左の方の(すなわち波長が短く、エネルギーの高い)γ線であるのに対し、可視光はちょうど真ん中あたりになります。

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文部科学省放射線副読本中学生用より

用意するもの

  • 歯磨き粉の箱(程度の大きさかこれより大きなもの)
  • いらなくなったCD
  • いらなくなったハガキ
  • はさみ
  • カッター
  • セロテープ(写真に撮り損ねましたw)

 

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 作り方

CDを箱の幅に合う程度に切り、これを30度の角度を付けて箱に収めるように、ハガキで台を作ります。手っ取り早く30度の台を作るには、斜面と高さの辺の比を2:1にすれば簡単です。CDを斜面部分に貼り付け、箱の中に収め固定します。

 

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この「分光器」となるCDの真上あたりに、カッターで観測用ののぞき穴(5mm x 10mm程度)を開けます。

 

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もう一方の端には元から穴が空いているので、その穴を利用してハガキで幅1 mm程度の光を通すスリットを作り、テープで固定すれば完成です。

 

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スペクトルを見てみよう

さて、完成したら実際にスペクトルを観測してみましょう。まずは、太陽の光から。日中に窓の外などの明るい方へとスリットの開いている側を向け、観測用の窓からのぞけばこんな感じ

 

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にスペクトルが見えるはずです(2015年8月4日追記:目を傷めることもあるので、直接太陽をのぞくことは避けましょう)。違いをみるために、続いては蛍光灯の光を見てみましょう。

 

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太陽光のスペクトルが連続なのに対し、蛍光灯の明かりの場合は不連続なスペクトルであり、複数の色の成分からなっていることが良く分かります。

次に、パソコンの画面にこのようなRGBの三原色からなる絵を写し、それぞれの色の部分を見てみることにします。

 

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Wikipedia:RGBの記事より)

 まずは、R(赤)G(緑)B(青)の部分は次のようになりました。

20140731210344

 液晶のLEDがこの三原色からなっていることの表われですね。

次に、これらの中間である黄色、シアン、アゼンタの部分をのぞいてみると、

20140731210345

このように、隣接する二色の加色混合でこれらの色が表現されている様子が良く分かります。真ん中の白色を撮り損ねましたが、結果は推して知るべしといったところでしょうか?

 

これら以外にも、コップの中身を変えて透過してきた光のスペクトルなど、応用範囲はまだまだ考えられます。夏休みの工作&実験にひとつ如何がですか?

参考

以下のサイト以外にも、CD分光器で検索をかけると多くのサイトがヒットします。また、DVDでも傾斜の条件を変えることで作ることが可能です。

宇宙少年団:CD分光器 http://www.yac-j.com/labo/list/pdf/5.Experiment/5-10.pdf(PDF)

みんなの実験室:箱の中の虹-分光器をつくる http://www2.tokai.or.jp/seed/seed/minna11.htm

シンチレックスの報道に紫外線で光る写真は必要なのか?

最初にシンチレックスについて報じられてから、ちょうど3年が経過した。これまでTwitterでたびたび言及してきたが、この機会に改めてこの件に関してまとめてみたいと思う。

シンチレックスとは?】

さて、そのシンチレックスであるが、今から3年前に「産学官連携により、革新的な放射線蛍光プラスチック(商標名「シンチレックス」申請中)の開発に成功~安価で高性能な放射線検出器の製造に大きく前進~」として京都大学、放射性医学総合研究所、帝人化成(現帝人)の共同研究による成果として発表されたプラスチックシンチレータの一種である。当研究の一番の成果としては、従来からあるプラスチックシンチレータに対し、基本的な材料がポリエチレンテレフタレート(すなわちペットボトルにも使われるPET)に類似の物質であるため、素材としての単価が格段に(プレスリリースに依れば1/10なんだとか)安くなる点が挙げらよう。ちなみに同研究グループはこの前年にPET樹脂自体による放射線計測を報告しており、今回の研究成果はPETの持つ密度や屈折率といった物理的な特性を活かしつつ、放射線計測において劣っていた蛍光量や最大蛍光波長に改良を加えることに成功し、従来のプラスチックシンチレータと同等の結果が得られた、というものである。

 

それはそれで価値のある成果に違いないが、問題は発表の内容とそのタイミングである。ちょうど福島第一原発事故から3ヶ月余り経った時期であり、流通する食品などへの放射性物質の汚染が懸念されていた時期でもあった。改めて言うまでもないが、この研究開発は原発事故を受けて行われた訳でも何でもなく、たまたま発表のタイミングがこの時期になったに過ぎない。仮にこの発表が半年早かったなら、これほどの耳目を集めることもなかったであろう。そんな中での発表であり、報じられると同時に多いに注目を集めた。私自身、第一報を見た感想はコストについて触れた記事に対してむしろ感度はどうなのか?であった。それというのも、その記事に煌々と青い蛍光を発するシンチレックスの写真が添付されていたからである。 自分もそうであるが、ある程度物理のバックグラウンドがあるとか放射線計測の経験があれば、「放射線で光る」といった際の「光る」程度の感覚は持ち合わせていよう。歴史的にみれば、レントゲンがX線を発見したのもかの有名な世界初のX線写真を撮影する前に、クルックス管から出たX線によって蛍光板が光ることに気付いたからであり、いわゆるラザフォード散乱の実験では、ガイガーとマースデンが金箔を透過したα線の中にまれに大きく曲がるものがあることを発見したのも、ターゲットの金箔のまわりに巡らせたZnSの蛍光板を顕微鏡で覗いて見付かったものである。エネルギーの高い放射線をより低い可視光に変えることで、我々の視覚で捉えられるようにして観測して来たという経緯がある。しかし、放射線でプラスチックが煌々と光る様は明らかに異様であり、直感的におかしいことに気付く(例えば、1996年の日本物理学会誌に「シンチレーション光を見る」として、実際に220万ベクレルストロンチウム90を線源とした、アクリルシンチレータからの光を肉眼で観察した際のレポートが掲載されている)。この写真は、原発事故以降問題になっている放射線であるγ線によって光っているのではなく、エネルギーのはるかに低い(が蛍光に必要な励起エネルギーには充分な波長の)紫外線を多量 に当てて光らせたものである。それは「放射線蛍光プラスチック」の報道資料として、果たして相応しい写真と言えるだろうか?

【当時の報道は?】

そこで、最初にこの報道がなされた際に、新聞各紙がどの様に報じたか簡単に検証をしておいたのが、以下のまとめである。 京都大学原子炉実験所の「放射線で光るプラスチック」報道を検証する 既に3年が経過したので、日経新聞以外のどこの新聞社の記事もリンク切れであり細かな点は確認できないが、まとめを振り返ってみると写真を掲載した朝日新聞中日新聞ならびに日経新聞は紫外線を当てた結果であることが明記されており、また読売新聞は写真の掲載はなく、記事に放射線で青く発光としてあり、ここまでは及第点であろうか。一方、毎日新聞は写真のキャプションで紫外線をγ線の一種として説明しており(同じ高エネルギーの光子なので間違いではないが)こちらは残念ながら落第か(更にいうなら京大のプレスリリースによれば、紙面では夕刊1面の扱いだったとのことで、果たしてそれほどのニュースヴァリューのあるものか?といった疑問も)。

 

こうして各新聞社の記事を比較していて気になったのが、この写真の提供元である各機関のプレスリリースである。念のため申し添えるが、プレスリリースとは、研究機関などが成果を公表する上でマスコミに提供する一次情報である。以前であれば、一般の人が目にすることはなかったものであるが、インターネットの時代になり各機関がマスコミに提供するものをネットに公表する様になり、誰もが目にすることが出来るようになった。従って、必ずしも一般の人が読んで分かるように書かれたものではなく、例えば理化学研究所などはこれとは別に60秒でわかるプレスリリースといったより一般向けの文章を別途公開している。 そこで改めて、放射線医学総合研究所のプレスリリース と、京都大学のプレスリリース をご覧頂きたい。問題の写真は図の5に掲載されているのだが、両者で異なる説明と写真が掲載されている(本文公開時点)ことに気付く。 実は、放医研の方がオリジナルのプレスリリースであり、京大のそれは(私が再三に渡り当プレスリリースの内容に意見したからか?)写真と共にキャプションも修正されている。修正された京大の方には、「UVを用いた蛍光試験」の記載があるが、オリジナルの放医研の方は「シンチレックスの蛍光試験シンチレックスは、目に見える濃い青色の光を放ちます。」とあるのみで、これが紫外線の照射によって得られたデモンストレーションであることには一切触れられていない。詰まるところ、マスコミに提供された資料に重大な情報の欠落があったと言わざるを得ない。むしろ、新聞各紙はそれを補って報道していたのである。

【誰に見せることを想定した写真であるのか?】

では、この紫外線で光る写真は何のために掲載されたのであろうか?当該研究のオリジナル論文が京大のサイトにリンクされているが、論文中にはこの様に煌々と光るプラスチックの写真は見当たらない。論文に掲載されているのは、蛍光波長を示す図3と蛍光量を示す図4ならびにプラスチックシンチレータの性能を比較した表1に加え、何の変哲もない プラスチック製品の写真である。すなわち、シンチレックスが通常のプラスチックシンチレータと同等の青い蛍光を放つことは、専門家であればデモの写真を見せられるまでもなく、プレスリリースの図3に相当するFig. 3で充分なのである。 このことから明らかなように、この目に見える濃い青色の光を放つプラスチックは非専門家すなわち新聞読者などへのデモンストレーションとして用意された写真だと言えよう。そうだとするなら、写真を掲載する以上はその説明に紫外線を照射した旨を記載しないのは片手落ちだと言わざるを得ない。むしろ、要らぬ誤解を生まないためには(読売新聞がそうしたように)写真を載せないという選択も充分あり得、掲載するなら「デモンストレーションのための紫外線照射によるものであり、放射線あるいはγ線の照射によるものではありません。」などのはっきりとした注意書が必要ではないだろうか。

 

そこでだが、実は京都大学は同プレスリリースページにリンクもあるように、広報に当たっての倫理ガイドライン を設け、これを公表している(余談ながら明文化はともかく、公表している機関を他には知らない。その点に関してはおおいに評価しても良いと思われる)。この中に以下のような記載があったので、ここに引用したい。

2.正確性の保持 情報の発信は、写真も含め、不正確な情報、誤解を招く情報、あるいは歪曲された情報を、広報(紙媒体だけでなく電子媒体等も含む。)に掲載しない ように注意しなければな らない。掲載された内容に、重要な誤り、誤解を招く表現があることが判明した場合には、迅速かつ正確な形で訂正し、必要な場合は謝罪を掲載しなければならない。

と、上記の通り電子媒体の写真などに誤解を招く情報を掲載しないよう注意しなければならない、とある。これは、京都大学の広報活動に従事する教職員に対して設けられた規範だそうだが、果たして当プレスリリースはこの点をクリアしていると言えるのであろうか?

 

ちなみに、紫外線を照射して得られた同様の濃い青色の光を放つシンチレックスの写真は、研究成果などの資料にも効果的に掲載されている。一例としては、放射線医学総合研究所の明石真言理事による「放射線医学総合研究所における平成23年度の取組について」(pdf12P)科学技術への顕著な貢献2011(ナイスステップな研究者)報道発表(pdf13P)などである。前者はおそらく2012年1月に開かれた第3回の原子力委員会における資料と思われるが、同資料においては同研究所のプレスリリース同様、紫外線によるデモであることの言及がなく、後者においては紫外線による蛍光試験の様子と記載されているが、比較対照は通常のプラスチックである。くどいようだが、当該研究の新規性はPETに類似という素材にあり、蛍光量や波長に関しては従来のプラスチックシンチレータとおおよそ同等である。然るに、比較の対照として蛍光試験の写真は適切と言えようか?

 

シンチレックスに関しては、その後扇情的なblogやBot化したTweetによって誤った内容として拡がり続け、一部には(どこまで本気かは不明であるが)「潰された」などの陰謀論へと発展している。ちなみに応用例としては放医研が開発した高速ホットスポットモニター"R-eye"の検出素子への利用などがある(残念ながら、それ以外の携帯ストラップにぶら下げる放射線検出器などの応用例は寡聞にして耳にしたことがない)。 視覚から得られる情報は、文字情報と比較して時に圧倒的な説得力を持ち得る。それが時には文字の情報とは切り離され、一人歩きすることすらあるということを心しておく必要があり、一度生じた誤解の解消は容易ならざることを示す上で、この一件は適例であった。残念ながら、当事者側が本件に関してどう考えているか、まったく不明ではあるのだが。