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シンチレックスの報道に紫外線で光る写真は必要なのか?

最初にシンチレックスについて報じられてから、ちょうど3年が経過した。これまでTwitterでたびたび言及してきたが、この機会に改めてこの件に関してまとめてみたいと思う。

シンチレックスとは?】

さて、そのシンチレックスであるが、今から3年前に「産学官連携により、革新的な放射線蛍光プラスチック(商標名「シンチレックス」申請中)の開発に成功~安価で高性能な放射線検出器の製造に大きく前進~」として京都大学、放射性医学総合研究所、帝人化成(現帝人)の共同研究による成果として発表されたプラスチックシンチレータの一種である。当研究の一番の成果としては、従来からあるプラスチックシンチレータに対し、基本的な材料がポリエチレンテレフタレート(すなわちペットボトルにも使われるPET)に類似の物質であるため、素材としての単価が格段に(プレスリリースに依れば1/10なんだとか)安くなる点が挙げらよう。ちなみに同研究グループはこの前年にPET樹脂自体による放射線計測を報告しており、今回の研究成果はPETの持つ密度や屈折率といった物理的な特性を活かしつつ、放射線計測において劣っていた蛍光量や最大蛍光波長に改良を加えることに成功し、従来のプラスチックシンチレータと同等の結果が得られた、というものである。

 

それはそれで価値のある成果に違いないが、問題は発表の内容とそのタイミングである。ちょうど福島第一原発事故から3ヶ月余り経った時期であり、流通する食品などへの放射性物質の汚染が懸念されていた時期でもあった。改めて言うまでもないが、この研究開発は原発事故を受けて行われた訳でも何でもなく、たまたま発表のタイミングがこの時期になったに過ぎない。仮にこの発表が半年早かったなら、これほどの耳目を集めることもなかったであろう。そんな中での発表であり、報じられると同時に多いに注目を集めた。私自身、第一報を見た感想はコストについて触れた記事に対してむしろ感度はどうなのか?であった。それというのも、その記事に煌々と青い蛍光を発するシンチレックスの写真が添付されていたからである。 自分もそうであるが、ある程度物理のバックグラウンドがあるとか放射線計測の経験があれば、「放射線で光る」といった際の「光る」程度の感覚は持ち合わせていよう。歴史的にみれば、レントゲンがX線を発見したのもかの有名な世界初のX線写真を撮影する前に、クルックス管から出たX線によって蛍光板が光ることに気付いたからであり、いわゆるラザフォード散乱の実験では、ガイガーとマースデンが金箔を透過したα線の中にまれに大きく曲がるものがあることを発見したのも、ターゲットの金箔のまわりに巡らせたZnSの蛍光板を顕微鏡で覗いて見付かったものである。エネルギーの高い放射線をより低い可視光に変えることで、我々の視覚で捉えられるようにして観測して来たという経緯がある。しかし、放射線でプラスチックが煌々と光る様は明らかに異様であり、直感的におかしいことに気付く(例えば、1996年の日本物理学会誌に「シンチレーション光を見る」として、実際に220万ベクレルストロンチウム90を線源とした、アクリルシンチレータからの光を肉眼で観察した際のレポートが掲載されている)。この写真は、原発事故以降問題になっている放射線であるγ線によって光っているのではなく、エネルギーのはるかに低い(が蛍光に必要な励起エネルギーには充分な波長の)紫外線を多量 に当てて光らせたものである。それは「放射線蛍光プラスチック」の報道資料として、果たして相応しい写真と言えるだろうか?

【当時の報道は?】

そこで、最初にこの報道がなされた際に、新聞各紙がどの様に報じたか簡単に検証をしておいたのが、以下のまとめである。 京都大学原子炉実験所の「放射線で光るプラスチック」報道を検証する 既に3年が経過したので、日経新聞以外のどこの新聞社の記事もリンク切れであり細かな点は確認できないが、まとめを振り返ってみると写真を掲載した朝日新聞中日新聞ならびに日経新聞は紫外線を当てた結果であることが明記されており、また読売新聞は写真の掲載はなく、記事に放射線で青く発光としてあり、ここまでは及第点であろうか。一方、毎日新聞は写真のキャプションで紫外線をγ線の一種として説明しており(同じ高エネルギーの光子なので間違いではないが)こちらは残念ながら落第か(更にいうなら京大のプレスリリースによれば、紙面では夕刊1面の扱いだったとのことで、果たしてそれほどのニュースヴァリューのあるものか?といった疑問も)。

 

こうして各新聞社の記事を比較していて気になったのが、この写真の提供元である各機関のプレスリリースである。念のため申し添えるが、プレスリリースとは、研究機関などが成果を公表する上でマスコミに提供する一次情報である。以前であれば、一般の人が目にすることはなかったものであるが、インターネットの時代になり各機関がマスコミに提供するものをネットに公表する様になり、誰もが目にすることが出来るようになった。従って、必ずしも一般の人が読んで分かるように書かれたものではなく、例えば理化学研究所などはこれとは別に60秒でわかるプレスリリースといったより一般向けの文章を別途公開している。 そこで改めて、放射線医学総合研究所のプレスリリース と、京都大学のプレスリリース をご覧頂きたい。問題の写真は図の5に掲載されているのだが、両者で異なる説明と写真が掲載されている(本文公開時点)ことに気付く。 実は、放医研の方がオリジナルのプレスリリースであり、京大のそれは(私が再三に渡り当プレスリリースの内容に意見したからか?)写真と共にキャプションも修正されている。修正された京大の方には、「UVを用いた蛍光試験」の記載があるが、オリジナルの放医研の方は「シンチレックスの蛍光試験シンチレックスは、目に見える濃い青色の光を放ちます。」とあるのみで、これが紫外線の照射によって得られたデモンストレーションであることには一切触れられていない。詰まるところ、マスコミに提供された資料に重大な情報の欠落があったと言わざるを得ない。むしろ、新聞各紙はそれを補って報道していたのである。

【誰に見せることを想定した写真であるのか?】

では、この紫外線で光る写真は何のために掲載されたのであろうか?当該研究のオリジナル論文が京大のサイトにリンクされているが、論文中にはこの様に煌々と光るプラスチックの写真は見当たらない。論文に掲載されているのは、蛍光波長を示す図3と蛍光量を示す図4ならびにプラスチックシンチレータの性能を比較した表1に加え、何の変哲もない プラスチック製品の写真である。すなわち、シンチレックスが通常のプラスチックシンチレータと同等の青い蛍光を放つことは、専門家であればデモの写真を見せられるまでもなく、プレスリリースの図3に相当するFig. 3で充分なのである。 このことから明らかなように、この目に見える濃い青色の光を放つプラスチックは非専門家すなわち新聞読者などへのデモンストレーションとして用意された写真だと言えよう。そうだとするなら、写真を掲載する以上はその説明に紫外線を照射した旨を記載しないのは片手落ちだと言わざるを得ない。むしろ、要らぬ誤解を生まないためには(読売新聞がそうしたように)写真を載せないという選択も充分あり得、掲載するなら「デモンストレーションのための紫外線照射によるものであり、放射線あるいはγ線の照射によるものではありません。」などのはっきりとした注意書が必要ではないだろうか。

 

そこでだが、実は京都大学は同プレスリリースページにリンクもあるように、広報に当たっての倫理ガイドライン を設け、これを公表している(余談ながら明文化はともかく、公表している機関を他には知らない。その点に関してはおおいに評価しても良いと思われる)。この中に以下のような記載があったので、ここに引用したい。

2.正確性の保持 情報の発信は、写真も含め、不正確な情報、誤解を招く情報、あるいは歪曲された情報を、広報(紙媒体だけでなく電子媒体等も含む。)に掲載しない ように注意しなければな らない。掲載された内容に、重要な誤り、誤解を招く表現があることが判明した場合には、迅速かつ正確な形で訂正し、必要な場合は謝罪を掲載しなければならない。

と、上記の通り電子媒体の写真などに誤解を招く情報を掲載しないよう注意しなければならない、とある。これは、京都大学の広報活動に従事する教職員に対して設けられた規範だそうだが、果たして当プレスリリースはこの点をクリアしていると言えるのであろうか?

 

ちなみに、紫外線を照射して得られた同様の濃い青色の光を放つシンチレックスの写真は、研究成果などの資料にも効果的に掲載されている。一例としては、放射線医学総合研究所の明石真言理事による「放射線医学総合研究所における平成23年度の取組について」(pdf12P)科学技術への顕著な貢献2011(ナイスステップな研究者)報道発表(pdf13P)などである。前者はおそらく2012年1月に開かれた第3回の原子力委員会における資料と思われるが、同資料においては同研究所のプレスリリース同様、紫外線によるデモであることの言及がなく、後者においては紫外線による蛍光試験の様子と記載されているが、比較対照は通常のプラスチックである。くどいようだが、当該研究の新規性はPETに類似という素材にあり、蛍光量や波長に関しては従来のプラスチックシンチレータとおおよそ同等である。然るに、比較の対照として蛍光試験の写真は適切と言えようか?

 

シンチレックスに関しては、その後扇情的なblogやBot化したTweetによって誤った内容として拡がり続け、一部には(どこまで本気かは不明であるが)「潰された」などの陰謀論へと発展している。ちなみに応用例としては放医研が開発した高速ホットスポットモニター"R-eye"の検出素子への利用などがある(残念ながら、それ以外の携帯ストラップにぶら下げる放射線検出器などの応用例は寡聞にして耳にしたことがない)。 視覚から得られる情報は、文字情報と比較して時に圧倒的な説得力を持ち得る。それが時には文字の情報とは切り離され、一人歩きすることすらあるということを心しておく必要があり、一度生じた誤解の解消は容易ならざることを示す上で、この一件は適例であった。残念ながら、当事者側が本件に関してどう考えているか、まったく不明ではあるのだが。