「クラゲに刺されて納豆アレルギーに」からの一考察~ポリグルタミン酸のリスクを考える~

世の中には(特に関西地方を中心として)、あの独特な臭いがダメで納豆が食べられない、という方も一定数おられるようで、それとは気付かせぬように料理を工夫するウチに、いつしかそれが恋心であると気付く、という役柄を演じているウチにホントに恋仲になり遂には結婚にまで至ったという、まったくもって「ごちそうさん」なドラマも記憶に新しいところですが、こちらは納豆を食べると呼吸困難などのアナフィラキシーを含む重篤なアレルギー症状を呈するため納豆が食べられない、という「納豆アレルギー」のお話です。

 

クラゲに刺されて納豆アレルギーに

これを書こうと思ったきっかけは5月22日付けのヨミドクターに掲載された記事ですが、元は横浜市大医学研究科の猪又准教授らにより、昨年の6月に既にレターとして発表された研究のようです。記事は「納豆アレルギー、患者の8割がサーファーやダイバー」として、海に関係する人に多く見られることに焦点が当てられていました。加えてその原因としては、クラゲの触手にも納豆のネバネバ成分であるポリグルタミン酸が含まれており、海中で度々クラゲに刺されたことでこのポリグルタミン酸を取り込んでしまい、結果的に納豆を食べてもアレルギーを起こすようになった、と書かれており、「口から食べるだけでなく、皮膚を通して原因物質(アレルゲン)が入ることで」食物アレルギーを発症しやすいことが知られている、とも合わせて書かれていました。

しかし、この食物アレルギーの発症に関して(いわゆる「経皮感作」)知られるようになったのは比較的最近のことですし、一般的にはまだまだ認知度も高いとは言い難いと思いますので、ちょっと振り返ってみたいと思います。

 

皮膚からはじまる食物アレルギー

この皮膚を通してアレルゲンを取り込み食物アレルギーを発症することがあると、一般にも知られるきっかけとなったのは、2010年秋に社会問題化した「茶のしずく」せっけんの一件からと言えるでしょう。2000年代後半に、これまで知られた小麦アレルギーに見られる症状である、小麦製品を食べたあとに運動を行ったことなどがきっかけとなってアレルギー症状が出るタイプ(運動誘発性)とは異なる症状のアレルギー患者が、専門医の間で知られるようになりました。調べてみると、患者は40代を中心とした女性に多く、悠香という福岡の通販会社が販売していたせっけん「茶のしずく」を使用した、という点が共通していました。患者は、これに使われていた「加水分解コムギ」と呼ばれる小麦由来たんぱく質の化合物の一種を、せっけん使用時に肌や粘膜を通じて取り込んだために、せっけん使用後だけでなく小麦製品を食べてもアレルギー症状が出るコムギアレルギーを発症してしまったことが後に判明しました(詳細は日本アレルギー学会の茶のしずく石鹸等による小麦アレルギー情報サイトを)。この「茶のしずく」のケースでは、初動の不手際なども影響して、今日までに2000人を超える患者を出す結果を招きました。

しかし、なぜせっけんに小麦に由来する成分が含まれていたのか?と感じる方も少なくないでしょう。実は、この「加水分解コムギ」は元々食品添加物の一つで、食感の改善に効果があるらしいのですが、これをせっけんへと加えると、泡のモチモチ感を増す効果があるため、せっけんだけでなく洗顔フォームやヘアムースなど、幅広く利用されて来ました。

ここで「利用されて来ました」と書きましたが、現在はどうなっているでしょうか?ちょっと興味深いサイトを見つけましたので、利用させてもらうこととします(必ずしもこのサイトの内容をお勧めする訳ではありません)。この「美肌マニア」というサイトの化粧品成分検索を使って「加水分解コムギ」を検索すると、現時点で86件の製品が引っ掛かります。これはどういうことでしょうか?

実は、この「茶のしずく」が問題になった当時も、「加水分解コムギ」を使用した製品は他にもありました。しかしながら、国内で重篤なアレルギー症状を引き起こしたのは、このせっけんのみでした。なぜでしょうか? 加水分解コムギは、小麦由来のたんぱく質に塩酸を加えた上で熱処理することで得られます。しかし、この「茶のしずく」に用いられていたものは、他の製品に用いられていたものと比較すると分子量が大きく、後者が概ね1000程度であるのに対し5~60000あったとされます。これが泡に独特の触感を与えていたようですが、同時に体が異物と認識しやすい(すなわち、抗原として標的に成りやすい)ことも意味します。また同時に、原料としての単価が安いといった事情もあったようです。問題が表面化してから、悠香はこの「加水分解コムギ」をより小さな分子量のものに変えたところ、症状を訴えるケースは激減しました。

この「茶のしずく」のケースは「加水分解コムギ」に関して、世界的にも豊富な臨床例を提供する結果となりましたが、専門家の間では少なくとも2000年頃から報告例があったようです(PDF3P)。 また、四月にNHKで放送されたアレルギーに関しての番組中でも紹介されていましたが、英国での疫学調査では、ピーナッツに対する食物アレルギーのある子どもの多くに、乳幼児期のスキンケアにピーナッツオイルの使用例がみられた、との報告も(同じ理由からごま油由来のスキンケア製品もお勧めできません→http://togetter.com/li/507026)。更には、角質の「ピーリング効果」を謳いパパインなどの酵素(お肉をやわらかくする唐揚げ粉のアレ)を添加したスキンケア製品が見受けられますが、こうした製品の使用でパパイヤのアレルギーになったケースの報告もあるようです(PDF6~7P)。 こうしてみると日常的に目にしている製品にも、意外とリスクが潜んでいると言わざるを得ません。これらから言えることは、食品として食べて安全なものであっても、皮膚や粘膜に対しては安全ではない、と言うことです。安易に「天然由来」や「無添加」を謳った製品に対しても、冷静な目が求められます。

 

改めて考えるポリグルタミン酸のリスク

さて前置きが長くなりましたが、ここまでが枕で、話を元のポリグルタミン酸に戻します。ヨミドクターの記事の範囲であれば、ダイバーやサーファーの方はくれぐれもクラゲにお気をつけ下さいね、で終わる話です(もっとも、クラゲに刺されてアナフィラキシーを起こした患者が出たことを思えば、今後ハチに刺されたケースと同様に「エピペン」の携帯が必要となる方も出てくるでしょう)。問題は、この「ポリグルタミン酸」が「加水分解コムギ」と同様、化粧品をはじめとして様々な製品に使われていることです。

改めて、先ほどの「美肌マニア」の検索機能を使わせていただくと、現時点で「ポリグルタミン酸」で検索しただけで359件の製品がヒットします。ポリグルタミン酸は、いわゆる「うま味」の元の一つである「グルタミン酸」がつながった物質で、保水力に富むため化粧品などの保湿成分として使われています。また、こうした天然由来のアミノ酸化合物(ペプチド)の一部には、肌のバリア機能の改善に効果がある、と謳うサイトもあります。実際、納豆からポリグルタミン酸を抽出して「納豆ローション」の作り方を紹介しているサイトには、洗剤使用後でも手が荒れないといった効能が書かれています。

一方、このポリグルタミン酸によるアレルギーを報告された横浜市大の猪又准教授は、女性の患者が増えているとの懸念を示され (納豆アレルギーとサーファー | うはら皮膚科)日本アレルギー学会の臨床大会発表においても注意喚起されておられます。ポリグルタミン酸は、小さいものはグルタミン酸が30個程度つながった分子量5000程度の大きさのものからあるようで、加水分解コムギのケースが頭をよぎります。

もちろん先に述べたように、加水分解コムギのケースでもすべてが危険だった訳ではありません。とすれば、このポリグルタミン酸の場合、我々が注意すべきリスクとは、何でしょうか?

クラゲに刺された場合は、明らかに皮下へとポリグルタミン酸の侵入が起きたと思われます。一方、現時点で保湿成分としてのポリグルタミン酸で深刻なアレルギーの報告がないことから想像すると、多くの人に対しては問題はないのかも知れません。しかし、皮膚に傷や(アトピー性皮膚炎などの)湿疹がある場合はバリア機能が失われており、こうした部位へのポリグルタミン酸含有製品の塗布は、すなわちポリグルタミン酸の侵入を許すこととなります。この繰り返しが「クラゲに刺された」ことと同様の結果をもたらし兼ねないことは言うまでもありません。こうした製品に使われているポリグルタミン酸の分子量など、現時点で未知の要素もあります。また、ポリグルタミン酸による肌への効果でマスクされることも考えられます。しかしながら、上記のバリア機能が弱い層にこうした製品のユーザーが少なくないことが考えられますので、そうした方々には殊更慎重さが求められます。アレルギー予防の点からも保湿によるスキンケアは重要ですが、その結果として新たなアレルギーを発症してしまっては本末転倒です。繰り返しになりますが、「食品に由来する成分」は決してスキンケア製品の「安全」を保証するものではありません。