君は構造色

表題は無論、大瀧詠一さんの「君は天然色」に対するオマージュです。オリジナルをご存知でない方でも、戸田恵梨香さんがひたすら「75」と訴える発泡酒のCMのバックに流れる、如何にも大瀧さんらしい軽快なピアノの三連符のイントロに聞き覚えがある方も少なくないことでしょう。この「君は天然色」の詞は「はっぴいえんど」以来、大瀧さんの長年の盟友である松本隆さんで、いつの間にか褪せてしまった「君」への想いを色に例え、かつての想いを取り戻したい感情が「色を点けてくれ」と詠われていますまだ若かった妹さんが急逝した後の松本さんを発売を延ばしてまでも待ち続けた大瀧さんとの間のエピソードは、ファンの間でいまだに語りぐさです(2020.4訂正)。既に発表から30年以上が経過したナンバーですが、いまだに色褪せることがありませんね。

 

 

さて、一方これから紹介する「君」ことカメレオンも簡単には色褪せません。それは、メスへの求愛だったり恋敵?を威嚇するといった目的によるところもありますが、そもそもの発色が色素によるのではなく、一般的に「構造色」として知られる細胞内の微少な構造に起因することにもあります。 この件は、ナショナルジオグラフィックの2015年9月号に記事が掲載されたことで近ごろ話題になりましたが、そもそもは今年の3月にNature Communicationに掲載されたスイスのグループによる研究成果です。その際にも、ナショジオの他Nature Asiaのサイトでも紹介されました。

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体色の変化(左:リラックス時、右:興奮時) (出典:Nature Communications掲載論文)

 

大方の論文の概要は、それらの記事の通りですが、改めて要点としては、

  • このカメレオンの皮膚の色は、色素による呈色でなくグアニン結晶からなるフォトニック結晶による光の反射で生ずる。
  • 求愛や威嚇行動の際の皮膚の色の変化は、このグアニン結晶の間隔の変化(興奮時と比較し平常時は30%小さい)によって反射される光の波長が変わるためである。この変化をもたらす生理的なメカニズムは目下不明であるが、切り出した細胞の浸透圧を変化させることで色の変化を再現できた。
  • この皮膚の変化をもたらす細胞の層より下層に、もう一層グアニン結晶からなるフォトニック結晶を含んだ細胞の層があり、この層のグアニン結晶は上の層の結晶と比較して大きさにばらつきが見られ、より幅の広い波長領域の光を反射するが、特に近赤外線を反射する。

というもの。

 

中でも一番のポイントは、タイトルにあるように「フォトニック結晶」が、このカメレオンの皮膚の色の変化を引き起こすことにあります。このグアニン結晶からなるフォトニック結晶による呈色は、いわゆる「構造色」の一つなのですが、肝心な「色を呈する原理」に関して触れた物を目にしなかったので、改めてこの辺りに焦点を当ててみようと思います。

 

いわゆる構造色としてよく知られたものにCDやDVDなどのディスクで生ずる「虹色」があります。これはディスクの溝の周期性にのために起こる光学的な現象であり、光の散乱と回折によって起こります。これを利用した簡単な分光器については、かつてこのブログでもご紹介した通りです。(参考:スペクトルを見てみよう!) 一方、このカメレオンの皮膚の場合はこの散乱と回折だけでは説明できません。CDによって回折が生じるのは、隣り合うトラックから散乱された光の光路差がある波長の正数倍になるためで、これは「ブラッグ条件」

 

2dsin θ = nλ

 

として知られています。これが可視光領域で起こるためには、周期dが概ね可視光の波長と同程度かそれ以上でなければなりません。ちなみにCDのトラック幅は1.6μmです 。一方、このカメレオンの皮膚でみられるフォトニック結晶は、DNAの塩基の一つでもあるグアニン(すなわちATGCのG)の結晶という100数十nm程度の比較的単分散の(コロイド)粒子が、更に数100nmのオーダーで並んだ構造をしており、CDのおおよそその一桁下のオーダーであり、可視光の波長よりも短い周期を持ちます。従って「ナノ結晶」というより「サブミクロン」オーダーの周期性を持つ「結晶」です。

f:id:Slight_Bright:20151012124141j:plainグアニン球棒モデル(出典:Wikimedia Commons)        グアニン結晶からなるフォトニック結晶(左:リラックス時、右:興奮時 スケールバーは200nm)(出典:Nature Communications掲載論文)

 

余談になりますが、魚のウロコがキラキラと「♪光ってるのは傷ついて剥がれかけたウロコが揺れているから」としたのは、中島みゆき(ファイト)ですが、科学的にはやはりグアニンの結晶が光っているのであり、このウロコから抽出したグアニン結晶を抽出したパールエッセンスから、イミテーションの真珠が造られています。(参考:真珠講座IV 模造真珠の話(pdf)

 

このようにグアニン結晶は生体中でもしばしばみられますが、細胞中においては周囲の細胞質と比較して密度も異なりますので、当然屈折率(実質的には物質の誘電率、以下同じ)も異なります。光の速度は媒質の誘電率が大きいほど遅くなります。光が異なる誘電率の媒質に対して斜めに進入する際に起こる現象として屈折が知られていますが、これもそれぞれの媒質中の速度の違いによって起こる現象ですね。ある振動数の光がより高い誘電率の媒質へと進入した場合、短い距離で同じ回数だけ振動するため波長は短くなります。従って、周期的に並んだグアニン結晶からなるフォトニック結晶に光が進入するとどのように進むか?という問題は、可視光の波長より短い周期で誘電率が変化する媒質中を進む光の電磁波としての問題、と換言できます。

 

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しかし、誘電率は同じ物質であっても波長によって異なり、波の重ね合わせの問題としてもブラッグ反射のようにはいきません。こうした問題に関して、固体物理学では既に一つのモデル解が示されています。すなわち、固体物理における「バンド理論」とのアナロジーです。周期的な誘電率の変化は、結晶中の原子による周期的なポテンシャルと、媒質中を進む光は、結晶中を流れる電子の波動関数の重ね合わせの問題とのアナロジーが適用できます。結晶中の電子に関しては、このポテンシャルの周期と高さによっては、電子が取り得るエネルギーにちょうど原子における軌道のように飛び飛びの制限が生ずることが知られています。それこそがいわゆる「バンドギャップ」であり、このバンドギャップの大きさによって、その固体結晶が絶縁体として振る舞うのか、あるいは金属や半導体として振る舞うのかといった物性に対する一定の説明が与えられます。これこそが「バンド理論」として知られるもので、発光ダイオードなどの半導体の物性をはじめとして、様々な固体結晶に対する基本的な考え方となっています。 そして、フォトニック結晶においても誘電率の大きさと周期によっては固体結晶と同様なバンドギャップが生ずることがあり、これは「フォトニックバンドギャップ」と呼ばれます。ただし、フォトニックバンドギャップのギャップの大きさは、エネルギーではなく電磁波の振動数となります。この事はすなわち、フォトニック結晶中ではそのバンドギャップに相当する周波数の光は存在できないことを意味し、この周波数の光はフォトニック結晶によって反射されることを意味します。

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バンド構造とフォトニックバンド構造のアナロジー

 

今回のカメレオンの皮膚の色の変化は、グアニン結晶間の間隔が変化することで、結果的にフォトニックバンドギャップが変化し、色の変化として表れる訳です。これが生ずるためにはまず光学的な点において、グアニン結晶が単分散でなければなりません。実際、バラツキが大きなグアニン結晶からなる下層のフォトニック結晶層からの反射光は、より広いスペクトルとなることからも分かります。また、物性物理学やコロイド化学の点において、グアニン結晶同士は接触しておらず、おそらくはコロイド粒子であるグアニン結晶間にはたらく静電的な力が、こうした秩序構造をもたらしコントロールしていることが考えられます。こうしたことを進化の過程で身に付けた自然の妙には、ただただ驚きを禁じ得ませんね。

 

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フォトニック結晶の格子間隔の変化はフォトニックバンドギャップの変化をもたらす

 

ところで、生物に見られる構造色の代表例としてモルフォ蝶の羽が知られています。この呈色の原理に関しても、かれこれ一世紀以上に及ぶ議論があること(しかも登場する人物にレイリー卿やマイケルソンなどのVIPの名が)が、構造色研究会のブログ「構造色事始」で紹介されていました。電子顕微鏡によりモルフォ蝶の翅の鱗粉には特徴的な棚構造の存在が示されており、屈折率が一次元的に変化する多層膜による呈色と考えられていたようです。これはいわば一次元的なフォトニック結晶とも言えますが、近年のモデル計算により実際は、この多層膜と回折格子の中間的な効果によるのではないか?と結ばれています。

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構造色生物の代表格モルフォ蝶(出典:Wikimedia Commons:Didier Descouens氏による)

 

更に先月、イスラエルのワイツマン研究所のグループは、「海のサファイア」として知られる小さな甲殻類の一種である“Sapphirinidae”の体色もグアニン結晶のフォトニック結晶によることを明らかにしました。

 

更に驚いたことに、この“Sapphirinidae”の中には、泳ぎながらその姿を消すことができる個体も見られるとのこと。これは、カメレオンのフォトニック結晶がグアニン結晶のコロイド粒子からできた等方的な構造であるのに対し、“Sapphirinidae”のフォトニック結晶は多層膜を形成しているため異方性があり、入射光に対する角度が大きくなるに連れて反射する光の波長が短くなる結果紫外領域に達するためで、回転しながら泳ぐことで捕食者から逃れることを可能にしてるのでは?と。もっとも、「見えない」のは我々人間の視覚の波長領域においてであって、捕食者次第な気もしますが。

 

いずれにせよ、進化の上で全くかけ離れた生物種から同様なメカニズムによる呈色が見られたことを思うと、構造色の中でもフォトニック結晶を利用した生物の呈色は、今後益々明らかになっていくのかも知れません。

 

参考文献など

Photonic crystals cause active colour change in chameleons(Nature Communications)

Structural Basis for the Brilliant Colors of the Sapphirinid Copepods(Journal of the Chemical Society)

構造色研究会(同会ブログ「構造色事始」)

物質・材料研究機構 先端フォトニクス材料ユニット 応用フォトニック材料グループ コロイドフォトニック結晶の基礎と技術(解説)