あさドラ『#スカーレット』における緋色の研究(その一)

 NHK連続テレビ小説『スカーレット』が終わり一月余りが過ぎようとしています。陶芸作品をはじめとする芸術作品が人の心を豊かにする一方で、個人的にはその作り手の葛藤や苦悶が「熱量」として伝わってくるようでした。そもそもこのブログでドラマのレビューというのもはじめてなのですが(それ以前にこれがドラマレビューに当たるのか?も含めw)、久々のブログのテーマとしてあさドラ『スカーレット』を「緋色の研究」と題して総集編のタイミングに合わせ、柴田所長や掛井先生の属した窯業研究所の目線で(と言ってもかなり偏ってますがw)、そして何より川原武志の「陶芸は化学」(この言葉は制作に当たって深く取材し、喜美子の作品としてご自身の作品を提供された神山清子さんの言葉「陶芸は科学なんです」*1にも由来するようです)の視点で振り返ってみたいと思います。

尚、予めお断りさせて頂きますがこれを書いてる中の人は陶芸に関してはまったくの素人です^^。

信楽焼とスカーレット】

タイトルの『スカーレット』は公式には「緋色(ひいろ)のこと。伝統的に炎の色とされ、黄色味のある鮮やかな赤。緋=火に通じ、陶芸作品に表れる理想の色のひとつである」*2と説明されています。特にこの信楽焼の緋色は、焼成時に生じる焦げや薪の灰による灰かぶり、その灰と信楽の土に含まれる長石との反応による自然釉など、古信楽からの伝統技法でもある釉薬を使わぬ「焼き締め」によって得られる「景色」の中でも、日本六古窯の一つである信楽焼の陶器を他の産地のそれから際立たせる極めて重要な特徴のようです*3

そして、劇中だけでなく関連番組として『ブラタモリ甲賀信楽編』や『美の壺信楽焼』でも語られていましたが、かつて琵琶湖はこの辺りにあり、風化した花崗岩流紋岩がこの湖底に堆積することで形成された古琵琶湖層がもたらす粘土が、単なる陶器に留まらず狸の置物や風呂桶といた大物まで「形になるものは何でもつくるたくましさ」*4信楽焼の大きな特徴なのだそうです。 

劇中において、信楽の土の特徴として窯業研究所の柴田所長の口から「例えば鉄分。信楽の土に含まれる鉄分の割合はほかの土とはちゃいます」と語られていました(1/22放送分)。たびたびツイートで引用させてもらった『陶芸における緋色の研究』*5の序文に当たる第一章で具体的にその鉄分が示され、丹波焼の粘土中の鉄分が2%を越えるのに対し信楽焼においては1.2%ほどと少なく、「素地土に少量の鉄分(1.5パーセント程度)が含まれていることが緋色のでる条件」との文献*6 が引用されています(孫引きご容赦願います(^_^;)。。。)。  

 これが焼成によって完成した陶芸作品となった際、この粘土に含まれる「鉄分」は焼成時の酸素量の条件に依って「黒信楽」「赤信楽」とまったく異なる色あいを見せることも、喜美子の作品として劇中で使われた神山清子さんの作品を通して視聴者を魅了して来ました。

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更に一般的な釉薬を用いた陶芸作品まで広げると、鉄の酸化状態の変化だけでなくそれ以外に共存する物質と焼成条件に依っても様々な色合いを出すことが可能らしく、「高純度化学研究所」のブログ*7では鉄系釉薬の例として、飴釉、銀油滴天目釉、黒天目釉、海鼠釉、黃瀬戸釉、柿天目釉によって黃、橙、緑、青、赤、紫、茶、黒などの色が可能であることを見ることができます。

 そもそもこれら陶器に独特な景色を与える「火の色」=「緋色」≒「赤色」はどこから来るのでしょう?まずはその手始めとして「火色」の起源から始めたいと思います。

【火色の科学】

「火の色」から一般に私たちは赤い炎を連想しがちです。しかし、例えばガスの燃焼における火は青い炎ですし、東京五輪2020の聖火リレーでは初めて燃料に水素が用いられており、この水素の炎は無色のため重曹(恐らくそれに含まれるナトリウム)の炎色反応で「色付け」されることになっています。因みに炎色反応で「スカーレット」と言うとストロンチウムに由来する4つのスペクトルの色だそうです*8。  一方でろうそくの炎の場合、燃え方によって内側から炎心、内炎、外炎に分けられ、いちばん明るく輝く部分は内炎の部分です。この内炎の明るさの元は不完全燃焼で生じた「すす」に由来します。この炭素の微粒子であるすすの熱放射によりオレンジを呈する連続スペクトルとなります*9。ろうそくの「ろう」の高級エステルがそうであるように、一般に炭素を多く含む燃料ほど赤い炎となり、これは有機物の燃焼全般に言えるようです*10

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ブンゼンバーナーと炎の関係。左の炎ほど酸素量が不足し、すすが生じている。(Wikipedia:ブンゼンバーナーより)

『陶芸における緋色の研究』でも穴窯の薪の焼成に関して「初めの赤黒い炎は還元炎であり(燃料が充分に酸素と結びついていない状態の炎)、透き通った炎は酸化炎である(燃料と酸素がバランスよく燃えている状態の炎)」との説明がなされています(同23P)。

この炎の色はその燃焼で得られる熱とも無関係ではありません。熱の元は赤外線と呼ばれる電磁波の一種で、熱せられた物体はこの電磁波を放射します。黒体と呼ばれる理想的な物体においては温度が上がるにつれてその電磁波の波長の分布は短い方へとシフトし、熱の元である赤外線の領域から、やがて概ね700℃(約1000K)を越えた辺りで可視光領域の赤となり、更に黄色身を帯びて6000℃辺りで全ての可視光領域の波長を含む白色となり、それ以上になると青白色となります。この物体からの放射の温度と色の関係は、産業革命以降の近代的な工業における炉や窯の温度を知る上での必要性から見出だされました*11

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理想的な黒体から放射される電磁波による色と温度の関係。(Wikipedia:色温度より)

『スカーレット』の劇中においても穴窯のシーンで窯の温度を1150℃という具体的な焼成温度が語られていましたが、まさにこのシーンの窯の色こそ薪の燃焼で生じるすすや窯の中の温度に起因した熱放射による「火の色」と言えるでしょう。

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穴窯の焼成のシーン(1/30放送分より)

【光と色の科学史

温度と色の関係は星の色でも知られることですが、科学史的に「赤い太陽」の観測とも密接に関係します。そもそも赤外線は1800年にイギリスのハーシェルによる太陽光の観測から発見されました*12。その2年後に太陽光のスペクトルの中に見付かった暗線はフラウンホーファーにより系統的にまとめられ、フラウンホーファー線として今日でも知られています*13

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フラウンホーファー線(Wikipedia:フラウンホーファー線より)

これがキルヒホフやボルツマンの研究を経て1900年にマックス・プランクに依って放射則として、温度との電磁波のスペクトルの関係が一般化されたことで量子という20世紀の科学の扉の端緒を拓きます。また、フラウンホーファー線は19世紀半ばにキルヒホフとブンゼンにより様々な元素による吸収線であるとわかり、やがてバルマー更にはリュードベリによって単純な一般式で表されることが示され、これがプランクの量子の考えとアインシュタインの光量子仮説と相まって1913年にボーアによる水素の原子モデルが提案され、やがて量子力学へと発展することとなります。この量子力学の成立により吸収線の意味するものが原子核の回りの電子軌道とその軌道間の遷移として理解されるようになりました*14

これに先立つ1868年にはロシアのメンデレーエフによって、近代科学前夜の錬金術にはじまった現代化学の一里塚として、原子量と元素の化学的性質を元に周期表がまとめられています*15量子力学はこの周期表量子力学に基づく電子軌道の概念が対応付けられたことで、元素の化学的性質が電子の振る舞いとして理解されるようになりました。いわゆる量子力学の発展として生まれた量子化学の成立です。

これから劇中で武志に語らせた「俺にとってはな化学やねん」「化学反応起こすねん。ほうして色が生まれる」や、更には先の神山清子さんの「粘土層の中に含まれる養分が、焼き上げると化学反応を起こし、緋色のような土味としてにじみ出てくる」*1の話へと繋がることになります。

その二に続く)

 

*1:信楽焼の陶芸家 神山清子さんを訪ねて|綾羽株式会社https://ayaha.co.jp/human/detail.php?lists=20191024100239

*2:タイトル「スカーレット」とは|番組紹介|連続テレビ小説「スカーレット」|NHKオンラインhttps://www.nhk.or.jp/scarlet/about/

*3:信楽焼・解説|穴窯焼成による信楽焼織部-KOWARI TETSUYA web site-http://www.mushingama.com/text_honbun.htm

*4:日本六古窯の一つ、信楽焼きとは|スカーレットの舞台地 甲賀市信楽https://scarlet-koka.jp/news/tougeimiryoku

*5:『陶芸における緋色の研究』:

https://t.co/2qcrVf7nx3?amp=1

*6:「穴窯」古谷道生著 理光学(1994)

*7:鉄のカラフルな反応 ~鉄はカメレオン?七変化を見せる鉄~
https://t.co/FRLlqO8lP5https://www.kojundo.blog/experiment/331/

*8:Wikipedia:スカーレットhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88

*9:Wikipedia:炎https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%82%8E

*10:【青い炎と赤い炎】|松井本和蝋燭工房https://www.matsuirousoku.com/%E5%92%8C%E3%82%8D%E3%81%86%E3%81%9D%E3%81%8F%E3%81%AE%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%81%A8%E7%B5%90%E6%9E%9C/%E3%82%8D%E3%81%86%E3%81%9D%E3%81%8F%E3%81%8B%E3%82%89%E3%83%AD%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E7%87%83%E7%84%BC%E3%81%BE%E3%81%A7/

*11:Wikipedia:黒体https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E4%BD%93

*12:赤外線と放射温度計 - HORIBA https://www.horiba.com/jp/process-environmental/products-jp/thermometry/infrared-thermometry/

*13:Wikipediaフラウンホーファーhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E7%B7%9A

*14:Wikipedia:前期量子論https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E6%9C%9F%E9%87%8F%E5%AD%90%E8%AB%96

*15:Wikipedia:周期表https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%A8%E6%9C%9F%E8%A1%A8